エルアルコンー鷹ーの巻✨
宝塚歌劇星組梅田芸術劇場公演「エルアルコンー鷹ー」パンフレットより引用
16世紀後半のヨーロッパ。海上では、強大な勢力を誇るスペインに対して、イギリス、フランスが覇権を争う熾烈な戦いを繰り広げていました。
イギリス海軍将校のティリアン・パーシモンは、スペイン貴族出身の母を持つ関係から、スペインに強い憧れを抱き、内心では自らをスペイン人と任じていました。母の従弟であるイギリス海軍士官ジェラードに大きな影響を受け、幼い頃から海への憧れを募らせていました。「君は野心のままに生きてごらん。君にはそれができるはずだ」 ジェラードの言葉を胸に、数々の武功を立てて異例の出世を続け、イギリス海軍での名声を高めていきますが、その一方で、イギリスと敵対関係にあるスペインと通じ、いつの日かスペインの無敵艦隊を率いて世界の七つの海を制覇するという大きな野望を持つようになります。
その野望を実現させるために標的としたのが、イギリス南部の港町プリマスの大商人グレゴリー・ベネディクトでした。スペインの支配から独立を目指すネーデルランドを援助する彼は、スペインにとっては憎むべき存在でした。
グレゴリーの息子ルミナス・レッドは、法律家を志しオックスフォード大学で法科を学ぶ学生でしたが、ティリアンの謀略により、父グレゴリーが反逆罪の濡れ衣を着せられて処刑され、その後母親も失います。その後、大学を去り、学生時代の仲間と共に海賊団を結成しました。
ティリアンと再会したレッドは、両親の復讐のために激しく争うことになります。
「エルアルコンー鷹ー」
著者 青池保子
発行所 秋田書店
「エルアルコン鷹」は、青池保子さんの「七つの海七つの空」「エルアルコン鷹」「テンペスト」の三作品から成るシリーズの総称です。
宝塚歌劇「エルアルコン鷹」では、三作品が一つの流れに組み込まれています。
「七つの海七つの空」の主人公は、ルミナス・レッドですが、それに続く「エルアルコン鷹」「テンペスト」では、ティリアンが主人公になります。
「テンペスト」見開き
漫画家生活60周年記念
青池保子画集 CONTRAIL 航跡のかがやき より引用
「テンペスト」で、敵役のヒロインとして登場するフランスの海賊団の女首領ギルダ・ラヴァンヌはフランス貴族の称号を持つ誇り高き女海賊。
彼女が拠点とする島の領有をめぐり、スペインに父を暗殺された恨みから、スペイン船のみを襲撃するようになります。自分の海域を脅かすティリアンの船に巧みな攻撃を仕掛けるギルダとティリアンは、互いに敵ながら見事な腕を持つ相手に惹かれ、再び海で逢う日を心待ちにするのでした。
激しい攻防戦の末、ついにギルダを捕らえたティリアンは、いよいよスペインへの亡命を決行します。一方、彼が亡命する前に決着をつけなければと焦るレッド。彼らの愛と憎しみが交錯する中、ティリアンは翼を翻し大空を翔る鷹のように、七つの海、七つの空を目指して、己の野心のまま突き進んでいきます。
宝塚歌劇星組梅田芸術劇場公演「エルアルコンー鷹ー」パンフレットより引用
「テンペスト」では、スペインへ亡命し、理想の戦列艦「エル・アルコン」を建造したティリアンとレッドとの最終決戦が、史実のアルマダ海戦にて展開されます。
「16世紀はスペインの時代」と讃えられるほど繁栄したスペインですが、カリブ海で南米大陸から金銀を運ぶスペイン船を襲っては略奪を繰り返すイングランドの海賊ドレイクに手を焼いていました。スペイン国王フェリペ2世は度々イングランドに抗議していましたが、それに対して、イングランド女王のエリザベス1世は、表面上は「遺憾に存じます」と丁重に謝罪する書簡を返しながら、のらりくらりとかわしていました。
1577年、ドレークは、エリザベス1世などから出資を受けて、約300トンのガレオン船(帆船)ゴールデン・ハインド号を旗艦とする5隻の艦隊でプリマスを出航しました。そして財宝を満載したスペインのカカフエゴ号などを襲った後、南米のホーン岬を回って太平洋に出て、イングランド人として初めて世界を一周し、生き残ったゴールデン・ハインド号のみが1580年、プリマスに帰港、生還しました。この航海の出資者への配当率は、奪った金銀財宝などにより4700%にも達し、女王は国家歳入の1.5倍に当たる30万ポンドを受け取ったと言われています。そして、ドレークは叙勲され貴族となりました。エリザベス1世がドレークに私掠(しりゃく)免許(他国船拿捕〔だほ〕免許状)を与えたことにより、スペインとの関係悪化は決定的となります。
もう一つ、フェリペ2世の堪忍袋の緒を切る事態となったのが、スペイン領ネーデルランドの独立運動をイングランドが支援したことでした。
1571年、ユトレヒト同盟で結ばれたネーデルランドの北部7州が、オラニエ公ウィレムに率いられて、正式にスペインからの独立を表明し、ネーデルランド独立戦争が始まりました。アラス同盟で結ばれた南部10州はスペインに留まることになり、以後、北部をネーデルランド、南部をベルギーと呼ぶことになりました。
エリザベス1世はネーデルランドを、初めは密かに、やがて公然と支援するようになります。
スペインを欺き続けたイングランドを懲らしめるために、慎重なフェリペ2世がついに動き始めます。一大国家事業となるイングランド上陸作戦のため、艦隊を整備し集結させる準備にかかりました。1571年、スペインがオスマントルコと戦って勝利したレパントの海戦の英雄である、サンタ・クルス候アルデロ・デ・パサンが艦隊計画を発案しました。1586年の計画では、船舶796隻を動員し、予算総額は15億2642万5898マラベディーに上り、レパントの海戦の予算の実に7倍となりました。あまりにも高額過ぎたので、代案として、艦隊規模を縮小し、イングランド上陸部隊はスペイン領ネーデルラント総督パルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼの陸軍を活用することとなりました。
1588年、フェリペ2世はエリザベス1世を打倒すべく、130隻の艦船に兵士と水夫を合わせて3万に近い人員を乗せた大艦隊をリスボンからイングランドに派遣しますが、直前に、スペイン海軍の父と呼ばれたサンタ・クルス候が急死してしまったため、フェリペ2世は、海戦の経験が全くない弱冠38歳の大貴族(グランデ)のメディナ・シドニア公を総司令官に指名しました。驚愕した本人は就任を固辞して別人を推薦しましたが、身分を何よりも重視するフェリペ2世は、アルマダ(無敵艦隊)を率いるのはグランデであるのが当然と考え、これを認めませんでした。
フェリペ2世がヨーロッパに向かって唱えた大義名分は、エリザベス1世を退位させて、プロテスタントのイングランドを元のカトリックの国に戻すことでした。ローマカトリック教会の教皇シクトゥス5世の支持も得ており、イングランドに攻め込むのに何らやましいところはありませんでした。そしてこれには、カトリック教徒のスコットランド女王メアリー・ステュアートがエリザベス1世によって処刑されたことが遠因としてありました。
なんと言ってもスペインは、カトリック側のチャンピオンであり、対抗宗教改革の事実上の中心でした。この絶対的優位を誇ったスペインに立ち向かっていったイングランドを他のプロテスタントの国々は、期待を込めて見守っていました。こうした背景のもと、ヨーロッパ中の注目が両艦隊の動向に向けられました。
ドーヴァー海峡でスペイン艦隊を迎え撃つイングランド艦隊は、王室所属の34隻(うち19隻がガレオン船)と寄せ集めの武装船団163隻で、当時の海軍力では圧倒的に不利な戦いが予想されました。
イングランド海軍は、大型で小回りが効かないスペインの艦船に対し、距離を保ちながら砲撃するという戦術をとりました。スペイン艦隊は従来の戦術通り、敵船に船体を寄せ、兵士が乗り移って戦うことを主眼にしていたので、素早く近寄って砲撃を加え、さっと離れて距離を取り、白兵戦を避けるイングランドの艦船を捕捉することができず、砲撃の被害が増えるだけでした。
イングランド上陸を想定していたため、多くの歩兵を乗船させ、1隻あたりの兵士数がかなり多くなり、船が重くなったのも不利でした。
アルマダ海戦と総称される一連の海戦によるスペイン艦船の損失は資料によってまちまちで確定的ではないのですが、操作性に優れた艦船で大砲、鉄砲による砲撃を行ったイングランド海軍が優勢に戦ったものの、スペイン艦隊に決定的なダメージを与えることはできなかったと考えられます。
ドーヴァー海峡で苦戦したスペイン艦隊は、ネーデルラント総督のパルマ公の陸軍と合流することも果たせず(当時の通信技術では海軍と陸軍の連絡がうまくいかず、ネーデルラントの妨害も加わったので)、いったん北海に退避して態勢を立て直すつもりが、折からの嵐にあって、艦船の30%以上が沈没し、兵士の約半数が命を落としたといわれています。
スペインの艦船、兵士で犠牲となったのは戦闘によってではなく、多くは嵐の犠牲によるものでした。スペイン本国に帰還できたのは約半数の67隻でした。死傷者は2万人に及び、スペイン衰退の予兆となります。ただし、この戦いの後、イングランドは反攻作戦に失敗して戦争の主導権を失い、一方、スペインは艦隊を再建して大西洋における制海権を確保し続け、戦争は1604年にスペイン側有利で終わっています。イングランドがスペインに代わる海洋覇権国家になるには、まだまだ長い年月が必要でした。スペインとイングランドにはそれほどの国力の差がありました。
このスペインの艦隊を「無敵艦隊」というのは、この艦隊と戦うことになったイングランドで、半ば皮肉混じりに恐怖と賞賛の意味を込めて呼んだ呼び名であり、スペインが名付けたものではありません。
「青池保子展 CONTRAIL 航跡のかがやき」 開催初日に、下関市立美術館に行って来ました。
10月14日まで開催されます。
「エルアルコン鷹」のティリアン・パーシモンは、青池保子さんの作品において、「黒髪サド目族」と分類される登場人物の先駆けと言われています。「アルカサルー王城ー」の主人公ぺドロ1世はティリアンの先祖、「エロイカより愛を込めて」のクラウス・ハインツ・フォン・エーベルバッハ少佐は、ティリアンの子孫と設定されています。
「アルカサルー王城ー」
著者 青池保子
発行所 秋田書店
著者 青池保子
発行所 秋田書店
高校時代、私の友人たちはみんなエーベルバッハ少佐推しで、私も一緒になって騒いでいましたが、実は、一番好きだったのは、「エーゲ海の鷲」のアル・シャインでした。
「エーゲ海の鷲」は、「イヴの息子たち」2巻に収録されています。
「イヴの息子たち」
著者 青池保子
発行所 秋田書店
「総特集 青池保子 船乗り!泥棒!王様!スパイ!ーキャラが物語をつくる」 より引用
「エーゲ海の鷲」は、後の青池保子さんを決定づけた「帆船もの」シリーズの記念すべき第1作です。
「総特集 青池保子 船乗り!泥棒!王様!スパイ!ーキャラが物語をつくる」
著者 青池保子
発行所 河出書房新社
この本には、2007年に宝塚歌劇星組公演「エルアルコンー鷹ー」で、ティリアン役を演じられた安蘭けいさんと、ギルダ役を演じられた遠野あすかさん、主演コンビと、2020年に、ティリアン役を演じられた礼真琴さんと、キルダ役を演じられた舞空瞳さん、主演コンビからのスペシャルメッセージが写真と共に掲載されています。
参考資料
「図説 海賊」
増田義郎 著
河出書房新社 発行
「人類5000年史Ⅳ 1501〜1700年」
出口治明 著
ちくま新書 発行
次は、「壮麗帝」